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たった35人のみ!宇治茶伝道師・藤井孝夫さんに聞いた宇治茶の魅力とは
2024.07.01
京都が誇る日本を代表するブランド茶・宇治茶。その魅力を広く発信するために、京都府が宇治茶の発展・普及に特に貢献している人を選定し、委嘱(いしょく)するのが「宇治茶伝道師」です。2012年から宇治茶伝道師を務める藤井孝夫さんに宇治茶の魅力を伺いました。
目次
藤井孝夫さんのお茶人生
1955年京都府相楽郡和束町の茶農家に生まれる。1973年京都大学農学部に進学。1986年京都府茶業研究所に就職。お茶研究に従事する楽しい10年間が始まる。2001年日本茶インストラクターの資格を京都府職員として初めて取得。2009年京都府茶業研究所の所長に就任。
2012年京都府より第1期宇治茶伝道師に認定。以降、現在の第4期まで毎期、宇治茶伝道師に選ばれ、宇治茶の魅力を内外に発信中。2016年京都学園大学(現・京都先端科学大学)バイオ環境学部食農学科の教授に就任。再び、お茶の研究に着手する。
1.宇治茶伝道師って一体どんな人?
宇治茶伝道師とは、京都が誇る日本を代表するブランド茶である宇治茶のすぐれた味や香り、淹れ方はもちろん、その歴史や文化、生産や加工技術などの素晴らしさを語ることができる人のことです。京都府が宇治茶の発展・普及に特に貢献している人を選定して委嘱しています。2012年以来、のべ35名が認定されており、京都府内をはじめとしたさまざまな行事や普段の活動を通じて、国内外に宇治茶の魅力を発信しています。
2.宇治茶の計り知れない可能性を追究
宇治茶伝道師とは、京都が誇る日本を代表するブランド茶である宇治茶のすぐれた味や香り、淹れ方はもちろん、その歴史や文化、生産や加工技術などの素晴らしさを語ることができる人のことです。京都府が宇治茶の発展・普及に特に貢献している人を選定して委嘱しています。2012年以来、のべ35名が認定されており、京都府内をはじめとしたさまざまな行事や普段の活動を通じて、国内外に宇治茶の魅力を発信しています。
「環境に調和した農業を目指し、土壌環境と農作物生育の関係を明らかにする研究や、地域活性化に必要な“アグリビジネス(農産物の製品化)”の普及に関する研究などを行なっています」
そう話しながら、藤井先生が大きな紙袋からトレイにごそっと出してくれたのは茎茶。よい香りがふわりと立ち上ります。
「抹茶スイーツブームで、碾茶(てんちゃ)の生産がぐっと増えました。茶葉は抹茶となって製菓に使われますが、大量の茎が残るんです。廃棄されるほどですが、茎にはアミノ酸が多く、これを有効利用できないかと考えました。ブレンドを変えながらティーバックをつくるなど、学生たちと試行しています」
研究室では緑茶飲料をつくったり、大学オリジナル茶の開発を目指したりもしています。
「ペットボトルより、急須で淹れたお茶がよいのはもちろんですが、お茶資源の有効利用という点で、製品化も必要ですから」
宇治茶伝道師としては、宇治茶についての科学面・農業面での豊富な経験や日本茶インストラクターとしての知見をもとに、宇治茶の普及や研究の最前線に関する講座を開催するなどしています。また、学生たちにも研究室でおいしく淹れた宇治茶をふるまい、お茶の魅力を身近なところからも伝える日々です。
3.茶農家に生まれ、いつしか宇治茶の専門家に
宇治茶研究の第一人者として活躍する藤井先生。研究の道に進んだきっかけは何だったのでしょう。
「僕はそもそも、宇治の茶どころ・和束町にある茶農家に生まれ、周囲に茶畑がある風景の中で育ちました。ところが親は、家業は継がずに将来、進学・就職してほしいと考えたようなんです」
高校進学とともに寮生活を始め、大学は京都大学農学部に進みました。農学部を選んだ際も、実家の生業や宇治茶のことは頭になく、当時流行っていた遺伝子研究に未来を感じたからでした。
ところが在学中、大学の先輩にあたる酒戸弥二郎博士が1950年にお茶の旨み成分テアニンを発見したことを知り「農学部の研究でお茶が研究対象になり得るんだ」と衝撃を受けました。大学での研究と宇治茶を生産する実家の仕事が結びついたのです。それ以来、「いつかお茶の研究を」という思いを胸に秘めます。
そして31歳のとき、かつて酒戸博士が所長をつとめた京都府茶業研究所への就職が決まりました。茶業研究所とは、宇治茶振興のため、品種育成、環境保全、製品開発などの研究をする京都府の機関です。茶業研究所では毎日さまざまなお茶に触れ、その繊細な風味を感じ取る力を培いました。
「宇治茶にどっぷり関われて、夢のように楽しい10年間でした」
その後、京都府農林水産部などへの異動で、一時期お茶に関する職務から離れますが、2009年に再び茶業研究所に戻り、1年間その所長をつとめました。そして2012年に、府から第1期宇治茶伝道師に認定されたのでした。
「宇治茶伝道師として、宇治茶に関する講演会や、海外での講習会なども行ないましたね」
60歳を過ぎ、大学教授となってからは、京町家を会場にした宇治茶講座も開催しました。
「宇治茶についての科学的な講義から日本茶インストラクターによるおいしい淹れ方に至るまで、宇治茶の見識を深める講座を6回に分けて行なったんです」
普段は教授として学生たちとお茶の研究に従事する藤井先生。茶農家は継ぎませんでしたが、いつしか土壌学、植物学、製品開発など幅広い視野で宇治茶の魅力を発信する専門家として活動していたのは運命的ともいえるでしょう。
4.強い旨みと独特の香りは宇治茶だけの特長
日本にはお茶の産地や銘茶がたくさんありますが、中でも宇治茶にしかない特質について、藤井先生は話します。
「旨みが強く、独特の香りがあることです。とくに煎茶には天然の香りがあり、これはほかの産地のお茶にはないものですね」
宇治茶は茶葉のもつ香り自体がよく、製茶後も素材のよさが残り、一番茶を淹れたときのふわっと爽やかな香りは、宇治茶でしか味わえないものだそうです。
抹茶の原料となる碾茶には、かつて「山茶」と「浜茶」があるといわれていました。山茶とは宇治の黄檗周辺などの山に近い場所で栽培された茶葉で、色は薄いものの香りがよいのだとか。一方、浜茶は宇治川や木津川の河川敷で栽培された茶葉で、砂地なので肥料がよく効きます。同じ宇治産のお茶でも、このように土壌と環境の異なる茶葉をうまくブレンドしてつくり上げてきたのが宇治茶なのです。
「味は肥料である程度計算できますが、香りは人工的につくれないんですよ。お茶の生育にとってよい場所は、土壌に恵まれ、春先の昼夜の寒暖差があるところです。土壌や地形、地域をとりまく微気象のことをテロワールともいいますが、宇治茶には独特のテロワールがありますね。それが宇治茶特有の香りを生み出しているんです」
5.人の知恵と人の手が、宇治茶の強みを引き出す
宇治茶の特長は、テロワールだけではありません。生育環境に加えて、人の知恵と手が入っていることが、もう一つの特長だと藤井先生はいいます。日差しをさえぎって茶葉の甘みを引き出す被覆(ひふく)栽培をしたり、適切に肥料を与えたりするなど、手をかけて茶樹を育て、お茶の旨みを追求しているのです。
また、宇治茶生産が盛んな地域では、標高差のある斜面に茶樹を植えて茶摘みの時期をずらし、どの茶葉も一番よい状態で収穫できるように昔から工夫してきたといいます。
「被覆栽培をするとお茶はまろやかな味になりますね。抹茶の原料となる碾茶や玉露だけでなく、煎茶も収穫前に少し茶樹を覆って日光をさえぎると味も色もよくなります。宇治茶の魅力や強みは、このように天然のものに加えて、人が心をこめて、ていねいに扱い、さらによいものをつくり上げているところです」
6.30年後には、お茶の世界も多様化?
さまざまな角度でお茶の普及と発展に貢献している藤井先生。最近では、宇治茶の魅力を相対化するために、いろいろなお茶を探求しています。
「今、おもしろいと思っているのは釜炒り茶です。現在の緑色の煎茶は、江戸時代に宇治田原出身の永谷宗円が青製煎茶製法を開発して以来広まったとされていますが、それまで庶民が飲んでいたのは茶色い釜炒り茶でした。茶葉を蒸さずに鉄釜でしなっとさせてつくるお茶で、今も九州各地には残っていますが、最近の研究で、京都府南丹市の美山でもこのお茶がつくられていることがわかりました」
茶葉のDNAを調べると交雑種が多いそうですが、遺伝子研究が進めば、お茶の伝播の実態が解明されるかもしれません。
現在の日本茶のほとんどは、昭和30年代に普及したヤブキタ種からつくられています。今、お茶の味に変化を求める人から期待されているのは、もっと多様な日本茶。新しい品種もこの10年でいろいろ出てきたそうですが、お茶は種で増やすと交雑種として扱われてしまうため挿し木で増やすので、品種改良には長い時間がかかるそうです。
「30年経ったら、日本のお茶の世界も多様化がすすみ、変わっているかもしれません」と期待をのぞかせる藤井先生。もし新たな品種が増えたとしても、自然の条件を活かした茶畑で、人が真心を込めてていねいに育てる宇治茶の真価は変わらないでしょう。
7.まとめ
京都が誇るブランド茶である宇治茶の魅力を発信するために、藤井孝夫先生は宇治茶伝道師として、宇治茶についての科学面・農業面での豊富な経験や日本茶インストラクターとしての知見をもとに、宇治茶の普及や研究の最前線に関する講座を開催するなどしています。
また、大学で教鞭を執る藤井先生は、学生たちにも研究室でおいしく淹れた宇治茶をふるまい、お茶の魅力を身近なところからも伝える日々です。宇治茶の未来を見据えながら、将来を担う新たな世代に宇治茶の魅力を「伝道」し続けています。