世界から見ると日本のお茶って不思議だった?喫茶文化の専門家が解説!
2024.04.01
「お茶にしましょう」と聞くと何を思い浮かべますか? 緑茶、紅茶、それともコーヒー? お茶は、単なる飲料にとどまらず、私たちの生活に大きな影響力を持ちます。今回「お茶大学」のある大妻女子大学の趙方任(ちょうほうじん)先生に、中国と日本、そして世界のお茶についてお話を伺いました。
目次
趙方任(ちょう ほうじん) 教授
1970年中国吉林省生まれ。北京大学中文学部古典文献専攻卒業。新聞記者、編集者を経て来日。東京学芸大学、東京都立大学人文科学研究科中国文学専攻修了。文学博士。現在は大妻女子大学教授。「喫茶文化」をテーマに、世界の喫茶文化について研究活動を行なう。
1.「お茶」とは、単なる飲料ではなく「文化」!
人々の生活に密着しながらも、影響力の強い「文化」としての側面もある「お茶」。それゆえに、それぞれの土地で独自の進化を遂げているようです。
❶長い歴史を持ち、幅広い地域で飲まれている唯一無二の飲料
「お茶とは飲料であり、そして”文化”です。これほどまでに長い歴史を持ち、私たちの生活に密着している文化はほかに見あたりません」
そう話すのは日本で「世界の喫茶文化」を研究する趙方任先生です。
「コーヒー、お酒、お米。ほかにも歴史が長く、生活に密着している飲料や食品はありますが、いずれもお茶には及びません。コーヒーは飲まれる地域が限定されますし、お米はお茶に比べて歴史が浅い。唯一お酒は、歴史が長く広範囲で楽しまれており、お茶と対等の文化といえるでしょう。古い中国の文献で、お茶とお酒を擬人化してどちらが上か弁論している文章がありますが、それを読めばお茶が上であることは明白です」と言います。
現在、さまざまな飲料に“〜茶”とついていますが、お茶の定義について改めて聞いてみました。
「研究者としては、お茶の成分が入っているものを“お茶”と定義しますが、実際にはハーブティーやとうもろこし茶なども“〜茶”と呼ばれていますよね。それはお茶の影響力の強さによるものでしょう」と趙先生は話します。
❷日本、中国、モンゴルで変わる「お茶にしましょう」の意味
世界中で飲まれているお茶。「お茶にしましょう」という言葉に注目すると、文化の違いが見えてくると趙先生は話します。
「世界中でよく使われる言葉ですね。たとえば、中国の広東省では、午前中に“お茶にしましょう”というと、レストランで小籠包などと一緒にお茶を飲む『早茶(そうちゃ)』(朝ごはん)を意味します。
モンゴルでは、大皿に牛羊肉やチーズや揚げパンなどを並べて、それらをミルクティーに入れて食べる正式な食事を意味します。日本では、おもてなしや休憩の際に使われ、純粋に“緑茶”を指すことが多いですね」と趙先生。
地域や民族、文化によって多彩なお茶の習慣があるようです。
❸世界の中でも特別な日本と中国のお茶
「何も入れずにお茶をそのまま飲むことを“清飲文化(せいいんぶんか)”といいます。それは、世界中でも日本と中国を代表とする一部地域の文化です」と話す趙先生。
日本や中国では、茶葉から抽出したお茶をそのまま飲むことが多いですが、世界を見渡すと、実は多くの地域ではお茶にミルクやスパイスなど何かを入れて飲むことが主流だそうです。
それにはお茶が発見されて、世界に伝わった歴史が関係しています。
2.茶の歴史から見えてくる日本と中国の深〜いつながり
中国で発見されてから、時代・地域によってさまざまに発展していったお茶。日本のお茶の歴史は、中国のお茶の動きとつながりがあります。
❶最古の茶樹が発見されたのは、なんと約3千数百年前!
中国にある最古の茶の木の樹齢は約3千数百年。今も現役で、年間約2kgものお茶がつくられています。
「実はこの茶の木は野生のものではなく、人間に栽培された痕跡があります。ですから、このときすでにお茶は飲まれていたと考えられます」と趙先生は話します。
今から約2千年前にはお茶が商品化され、約1200年前には陸羽(りくう)が『茶経(ちゃきょう)』を著わしました。『茶経』には、当時の茶に関する知識がまとめられています。
「『茶経』の発表を以て、お茶は単なる飲み物から、人の精神や行動に影響を与える文化として確立されました」
❷ミルクティーが主流?宋、元、明と時代によって変わる喫茶文化
宋の時代(960―1279)になると、中国ではお茶の文化が頂点を極めます。
「この時代のお茶は、細かく砕いて粉末状にしたお茶に湯を注いで茶筌(ちゃせん)で泡を立てる、今の抹茶に近い飲み方をしていました。お茶を飲むことよりも泡が目的とされ、泡の表面に繊細な絵を描いたり、泡の持続時間を勝負する“闘茶(とうちゃ)”が流行したりしました。この時代に日本に伝わったお茶の文化が、のちに茶道として発展していきます」
元の時代(1271―1368)、モンゴル民族のチンギス・ハーンによる支配が始まると、喫茶文化が大きく変化していきます。
「モンゴル人はミルク文化の民族です。そのため、お茶にミルクやチーズ、バター、羊の油、羊肉、塩、揚げパンなど、いろいろな具材を入れる飲み方が主流になりました」
チンギス・ハーンの征服によって世界に広がったミルクティー文化。それから90年ほどで、中国ではチンギス・ハーンの政権が倒れます。「最近、日本でもタピオカの入ったミルクティーが大流行しましたが、長くは続きませんでしたね」と趙先生は笑いながら教えてくれました。
「明の時代(1368―1644)になると、それまでのミルクティー文化は“異民族のお茶”とされ、漢民族本来の原点の飲み方に戻っていきます。それがお茶に何も入れない“清飲文化”です」と趙先生。
異民族に対抗するという愛国心も込められたこの飲み方は、瞬く間に中国漢民族を中心に広がっていきます。そして、この時代に日本に伝わった文化が、のちの「煎茶道」として発展していきます。
「日本でもお菓子などお茶うけを食べますが、お茶の中には入れませんよね。中国では紅茶を飲む際もミルクは入れません。“ミルクティーは邪道”という意識が今でも一部地域に強く残っています」
こうした中国のお茶文化が日本で独自に“現地化”していったのが今の日本のお茶の文化といえるでしょう。
❸お茶の精神性の高さを表す「茶禅一味」とは
「日本茶の特長は3つあります」という趙先生。1つ目は、自然の植物の香しさを残した、清々しい香りや味わい。2つ目はお茶に何も入れない「清飲文化」。そして3つ目は「茶禅一味」だといいます。
「“茶禅一味”は中国の文人発祥の言葉ですが、日本では禅語としてお坊さんを中心に伝わっていきました。簡単にいうと、お坊さんの修行の一つである座禅とお茶を飲むことが同じであるという意味です」と趙先生は話します。日常の欲望や考えを取り払い、頭の中を「空」の状態にすることで、悟りの境地へと近づこうとする座禅。お茶を飲むことも座禅と同じような効能を持つといいます。
「お寺や神社を訪れると清々しくて、心が洗われるような気持ちになりますよね。お茶を飲むことでも同じような気持ちを味わえるんです。特に1人でお茶を楽しむときは、テレビや音楽は消して静かな空間で、何も考えずに味わってみてください」
静寂な空間、何にも考えない時間が楽しみだと感じられれば、俗世間の金銭欲や所有欲がどうでもよくなり、精神的にもう一つ上の段階へいけると趙先生は話します。
「日本人には日本茶が一番からだに合いますが、ときどき、外国のお茶を飲んでみることもおすすめです。意外な発見が得られたり、気分転換にもなりますよ」
3.多彩なお茶のカタチにびっくり!世界のお茶いろいろ
今、世界では、どんなお茶が飲まれているのでしょうか? ここでは、お茶の伝わっていったルートの仮説と、世界各地の喫茶文化の一部をご紹介します。
❶世界にお茶が伝わったのには2つのルートがあった?
日本で独自の発展を遂げたお茶の文化は、清々しい香りの緑茶が主流です。では、ほかの国ではどうでしょう。
◉陸路
「中国発祥のお茶が世界中に伝わっていったルートは大きく2つあると考えています」と趙先生。1つ目がシルクロードを通る陸上ルート。モンゴルから中央アジア、そしてヨーロッパと、チンギス・ハーンの世界侵攻に伴って伝わりました。
「このルート上にあるブータンやカザフスタンは、モンゴル人の飲み方が色濃く残っています」
◉海路
もう1つのルートは、海上ルート。お茶の輸出に伴って、それぞれの地域の飲食文化に加味され、独自の喫茶文化を演出してきました。
「そこで生まれたのが、イギリスのアフタヌーンティーの文化です。最初に伝わったのは、漢民族の“清飲文化”で、基本的にお茶に何も入れません。ヨーロッパに伝わったあと、ミルクを入れるようになりますが、これは“現地化”したと考えます」
しかし、この2つのルートで伝わったということを証明するにはまだ調査が足りないと話します。
「この2つのルートの違いは、お茶を純粋な飲み物か、またはスープのような食品ととらえるか、と私は考えています。この仮説を証明するために、これからさらに調査を進めていきたいです」と趙先生。いずれは世界の喫茶地図を完成させたい、と意気込みを熱く語ってくれました。
❷世界の喫茶文化、その一部をご紹介
日本の緑茶
日本で飲まれているのは主に緑茶。茶道として定着した抹茶や永谷宗円が開発・普及した「青製煎茶製法」による蒸し製煎茶が飲まれています。朝の一杯や食事のおとも、友人との茶会など、さまざまなシーンで飲まれ、お茶に何も入れない「清飲文化」が残ります。
モンゴルの奶茶(ないちゃ)
モンゴルの伝統的な喫茶法に「鍋茶」があります。ベースとなるのは「奶茶(ミルクティー)」。鍋茶専用の鍋に干し肉やチーズ、蒸し栗、バターなどの食材を入れて、奶茶を注いで煮込みます。鍋茶のメインに餃子を入れ、鍋茶餃子としてもいただきます。
台湾の擂茶(れいちゃ)
台湾の伝統的な健康茶である「擂茶」。すり鉢で緑茶(又は紅茶)とピーナッツ、ゴマをすり潰し、そこにパクチーと塩を加えて温かい茶(緑茶、紅茶、烏龍茶など)を注ぎます。茶碗に注ぎ分けてご飯とともにいただきます。中国大陸の南部地域でも幅広く飲まれ、種類が豊富で、入れる食材も多彩です。
中国の烤茶(こうちゃ)
中国では、地域によって異なるお茶が飲まれていますが、茶の原産地である雲南地域のハニー族には原始的な飲み方が継承されています。枝ごと切り取った茶の葉を、囲炉裏の上で炙って、茶の葉を焦がし、焦がした茶葉にお湯を注いで抽出します。
インドのマサラチャイ
インドも紅茶文化の国です。茶葉を濃く煮出して牛乳と砂糖を入れたミルクティーに、生姜やカルダモン、シナモン等のスパイスを加えて一緒に煮出した「マサラチャイ」がよく飲まれています。「インドといえばチャイ」といっていいほど国民的な飲み物になりました。
ブータンのミルクティー
ブータンでは、インド紅茶、または「代用茶」として野生の木の葉を煮込んだ茶に、さらにミルクを加えたミルクティーが主流です。ティーポットに作り置きして、飲むときに好みで炒り米を入れることも。お茶うけにはビスケットが用意されることが多いようです。
トルコのチャイ
トルコでは紅茶葉を煮出して少し休ませ、飲むときにお湯で好きな濃さに調整したり、砂糖を入れて飲む「チャイ」が主流です。ティーカップではなく、小さな腰のくびれたグラスを使います。チャイグラスに砂糖をたっぷり入れて、1日に何杯も飲む人もいるそうです。
イギリスのアフタヌーンティー
イギリスの茶文化といえば、紅茶。休憩や食事中など、生活の中で何度もお茶を飲みます。午後に飲む「アフタヌーンティー」が特に有名で、スコーンやビスケットと一緒に紅茶を飲みます。来客時には豪華なケーキスタンドを用意することもあります。
カザフスタンのエティケンシャイ
カザフスタンのウィグル族では伝統的に「エティケンシャイ」が飲まれています。「シャイ」はお茶のこと。鍋にインド紅茶と塩を入れて、お湯を注ぎます。膜が多く含まれる生乳を入れてかき混ぜるとできあがり。バターやナンを入れて、朝食として食べています。
4.まとめ
今回、改めて「お茶とは何か?」について、大妻女子大学の趙先生に聞いてみたところ、興味深いお話をたくさん聞くことができました。
お茶は単なる飲料の域を超えた「文化」として、私たちの生活に影響を与える存在であり、その歴史の長さや世界への広がり方は他に類を見ないほど。そして「お茶にしましょう」の意味は地域によって異なり、朝食を意味したり、正式な食事を意味することもあります。世界を見渡すと、実は紅茶にミルクやスパイスを加えたミルクティーを飲む地域が多く、日本と中国が代表する緑茶の「清飲文化」は特別な存在ということもわかりました。
また、茶樹の栽培の歴史は3千数百年前から始まり、時代によって喫茶文化が全く異なるものだったことにも驚きました。さらに、「茶禅一味」という言葉は中国の文人から日本の禅寺に伝えられ、お茶が修行の一環として広まったことも、お茶の精神性の高さを示すエピソードです。
緑茶以外にも、世界にはさまざまな喫茶文化があり、その発展ルートの仮説についても、趙先生は教えてくれました。中国日本のみならず世界中に広がるお茶文化。だからこそ、お茶は私たちを魅了してやまないのでしょう。