京都のベテラン料理家に聞いた!5月のお茶に合せたいお料理エピソード
2024.04.01
待ちに待った新茶の季節がやってきました!京都でおばんざいをはじめとした人気の料理教室を35年続けている料理家の松永佳子さんは、毎年新茶を楽しんでいる一人。今回は新茶に合せる料理、5月の思い出にまつわる料理についてお聞きしました。
目次
京都下鴨・松永料理教室主宰 松永佳子さん
京都市生まれ。生家は生菓子店を営む。結婚後に調理師専門学校で学び、昭和63年、“京都の伝統的な味わいを家庭でもつくりやすく”をテーマに、自宅で料理教室を開く。平成24・25年に京都新聞にて「おうちで作る京料理」を連載。「京の食文化ミュージアムあじわい館」講師ほか。近著に『伝えたい 京の暮らし、京の味』(京都新聞出版センター)がある。
1.5月が旬!そもそも新茶って?
冬の寒い時期に栄養分を蓄え、暖かくなった4月から5月頃、茶の木から新芽が顔を出します。その年の最初に生育したこの新芽を摘み取って加工したものを、新茶と呼びます。
新茶は若葉特有の爽やかな香りが最大の特長。また、苦みや渋みのもとであるカテキンやカフェインが少なく、旨みや甘みのもととなるテアニンが多めに含まれています。
この時期だけしか楽しめない新茶を楽しみにしている京都の料理家、松永佳子さんの新茶の頃の思い出料理をご紹介します。
2.京の料理家・松永佳子さんにとっての日本茶って?
「お茶って、日頃から当たり前に飲んでいますが、毎日の生活になくてはならないものですよね」
京都で料理教室を主宰する松永佳子さんは、いろいろなシーンでお茶を楽しんでいます。食事のとき、甘いものをいただくとき、生徒さんと教室で語らうとき。煎茶、玄米茶、ほうじ茶など、そのときどきで好みのお茶を楽しみますが、毎朝欠かさず淹れているのは、自身でブレンドしているお茶です。
「私は甘みのある深蒸し煎茶が好きなんです。一番だしのお昆布といっしょで、のど越しに甘い余韻が広がって、やっぱりおいしいなあって。ところが、亡き主人は香ばしい玄米茶が大好きで。それでいつしか、煎茶に玄米茶をブレンドするようになりました」
1日に何度もこのお茶を飲んでいるという松永さん。数年前にひとりになってからは、朝の一煎目はご主人を思いながらお供えし、二煎目からいただくのだそう。
「主人は本当にお茶が好きだった人で、“お茶淹れて”が口癖でした。お寿司屋さんで出てくるような、大きな湯呑がお気に入りでね。朝も昼も、夕食でお酒を飲んだあとも、必ずお茶を飲んでいました」
夫婦のさまざまな思い出が浮かぶお茶の時間は、今も心とからだを潤してくれる元気の源です。
そんなお茶好きの松永さんは、料理教室でもよくお茶を淹れています。大きな急須で淹れるブレンド茶や深蒸し煎茶のほか、夏場は冷たいほうじ茶をふるまうことも。
「皆でお茶を囲むとほっと和む」と松永さん。特に教室終わりのお茶の時間は、お菓子をつまんだりおしゃべりをしたり、何とも楽しい時間だとか。さらに、毎回の講習でコース仕立ての献立を教えていますが、料理にとっても、おいしいお茶の存在は欠かせないと言います。
「京料理のお店でも、お造りや八寸はお酒と楽しみますが、ごはんものになると、お茶が出てきますよね。そして、最後には甘いお菓子とお抹茶。シメはやっぱりおいしいお茶がないとだめなんです」
“ああ、おいしかった。幸せ”。
最後にお茶をいただくひとときがあってこそ、料理の満足感に浸れると、松永さんは微笑みます。
3.新茶に合せるのは、季節の美味を少しずつ楽しめる松花堂弁当!
【お茶と合せるポイント】
「旬の素材が並ぶ松花堂弁当は、コース料理に続く格式の高いもの。お茶もこの時期ならではの新茶を合せれば季節感が増し、とっておきのおもてなしになります」。カジュアルなおもてなしなら、箱の代わりに大皿や籠に盛り、いつもの煎茶を合せても。
京料理店で出てくるようなコース料理の講習というと、堅苦しい教室を想像しますが、1クラス8名前後が集う講習は至って和やか。自他ともに認める「おしゃべり好き」の松永さんからは、つくり方の解説に留まらず、京都の風習や家族の思い出など、料理にまつわる話がぽんぽん飛び出し、ときに教室は笑い声に包まれます。
新茶が出回るこの時期に教えているのが、松花堂弁当です。松花堂弁当とは、田の字の仕切りの箱に季節の美味を少しずつ盛り合せる、とても豪華なお弁当。今回のメニューは、海老しんじょうの煮物椀をはじめ、鱒の木の芽焼きや蛸のやわらか煮、豆ご飯など、この時期らしい品々が彩ります。
「松花堂弁当はお客様のおもてなしにぴったりですよ」と松永さん。
その理由は、見た目が華やかということはもちろん、料理はどれも事前につくっておけるため、余裕をもって準備ができるから。また食事のときも、コース料理と違って立ったり座ったりしないので、お客様と一緒に楽しめるのだそう。
「昔はよくつくりました。特にこの時期は新茶でもてなせるので、一段と季節感が表現できるんです」
新緑が美しいシーズンは、屋外で味わうのもおすすめだとか。新茶を水筒に携えれば、ちょっと贅沢なピクニックが楽しめます。
新茶といえば、亡きご主人とのとっておきの思い出もあるそうです。それは、ある年の葵祭のときのこと。下鴨神社の境内で馬が駆け抜ける流鏑馬神事をご主人と観に行くと、その年はとても寒く、なんと雪が降ってきたとか。馬が走るのを見届けて寒い寒いと駆け足で家まで戻ってくると、帰り着いた途端にご主人から“熱い新茶淹れて”との言葉が。急いでお湯を沸かし、新茶を淹れたそうです。
「2人でふうふうしながらすすって。そうしたら、主人が“新茶はやっぱりおいしいなあ、旬の味がするなあ”って。もうとってもうれしそうな顔でねぇ。新茶を淹れると必ずあの場面を思い出します」
香り高い新茶は特別なおいしさがあるという松永さん。生徒のなかにも、毎年必ず新茶を手に入れている方がいると教えてくれました。
「そうやって、身近なものからちゃんと季節を感じられるって、素敵なことですよね」
4.お祭りが多い5月!ばら寿司にはほうじ茶を
【お茶と合せるポイント】
「京都の寿司飯は、米の1割の砂糖を入れるので甘めです。お公家さんがいた場所なので、砂糖も贅沢に使えたのかもしれませんね。お茶はさっぱりとした玄米茶がよく合いますよ」。くせがなく、後味がすっきりしている冷たいほうじ茶もおすすめ。
「ばら寿司は昔はご馳走でした。祖母がいつもつくっていました」
祭事や親戚の集いがあるたびに、どこの家庭でもつくられていたばら寿司。実家が上御霊神社の近くだった松永さんは、特に5月になると、お祭りのときに頬張った味を懐かしく思い出すのだそう。
「“御霊さん”と呼ばれるお祭りで、にぎやかなお神輿や行列が大好きでした。私も幼い頃にお稚児さんになり、白塗りの化粧をして参列した記憶があります。そのあと、みんなでわいわい言いながら、ばら寿司を食べてね。お茶は子どもの頃は冷たいほうじ茶でした」
甘辛く炊いた椎茸を寿司飯に混ぜ、ふわふわの錦糸卵をたっぷりのせる松永家のばら寿司。祖母から受け継いだ味わいを、今は自身の娘や孫たちに伝えています。
5.甘いきんとんには、濃厚な抹茶入りの深蒸し煎茶
【お茶と合せるポイント】
和菓子には、風味がより引き立つ抹茶入の深蒸し煎茶を。「甘いきんとんといっしょに味わうと、改めてお茶っておいしいなあと思います。抹茶を点てるより手軽なので、教室のみんなで甘いものをいただくときにも、この煎茶を淹れています」
まんじゅう職人の父の元で育ち、幼い頃から和菓子が身近だった松永さん。教室でも教えるきんとんは、煎茶と楽しむのがお好みだそう。本来は白あんですが、これは手軽なさつまいもがベースです。
「茶摘みの季節なので抹茶色のきんとんにしました。3点に置いたぬれ納豆は、茶畑の地図記号です」
表面のそぼろあんにも、こんもりとした新茶畑の風情が漂います。
「そぼろあんの手順は父を見て自然に覚えました。あんをぎゅっと網目に押し当てて、細い箸ですくってちょんちょんとつけて。父は千枚漬まで漬けるようなよく動く人で、情け深くて話好きでした」
昔の生菓子店はご近所さんの行事に深く関わっていたため、古いしきたりなどもよく知っていて、随分教えてもらったそうです。
「今度は私が料理を通じて、京都のことを伝えていけたらと思っています。お茶を淹れて和菓子を味わうこともそうですが、大切に継がれてきた祭事や暮らしを、これからもつないでいきたいです」
6.まとめ
若々しい香りと味わいが存分に楽しめる新茶を毎年楽しみにしている京都のベテラン料理家・松永佳子さんの新茶の頃のお茶とお料理の思い出、いかがでしたでしょうか。
いろいろな旬の味わいが詰まった松花堂弁当には新茶を、錦糸卵や菜の花で彩られたばら寿司にはほうじ茶を、甘い和菓子には抹茶入りの深蒸し煎茶を…。
皆様もぜひ新茶はもちろん、さまざまなお茶とお料理の組合せを楽しんでみてください。